書評/映画評

万引き家族 ~家族とは何か?

180706

カンヌ国際映画祭最高賞、
パルムドールを獲得した是枝裕和監督の『万引き家族を見ました。

 

「家族」から「血縁」を取り除くと何が残るのか? 
「家族」とは何か? という、深い問題を問いかけています。

 

見ていて心が苦しくなるのが是枝作品の特徴。

 

本作は、家族らしい楽しげな団らんシーンが続きますが、
いつまでもこんな生活は続かないだろうという破綻、波乱が予兆され、
楽しげな中にも「不安」や「心苦しさ」が忍び寄ります。

 

家族というテーマと隣り合わせに、
孤独、老い、貧困というテーマも描かれますが、
その答えの一つとして「大家族」あるいは、
「大家族的なコミュニティ」という答えが提案されている気がします。

 

親子孫の3世代が、同じ屋根の下に川の字になって寝るという、
今はなき風景。
大家族の時代には、当たり前にありました。

 

密なるコミュニティの人間関係は、
家族によって満たされないもの、
足りない部分を代償するかもしれません。

 

とにかく、いろいろと考えさせられる作品です。

 

感動して涙が流れるということはありませんでしたが、
感動作というよりは、問題作というべきでしょう。

 

樺沢の評価 ★★★★

 

 

 

追伸 以下ネタバレ解説
まだ映画を見ていない方は、ご注意ください。

 
















肩を寄せ合い、幸せそうに見えたこの家族に
足りなかったものは何だったのでしょう。

 

答えは「父性」です。

 

家族がバラバラになった後、祥太は語ります。
わざと捕まったのだと。

 

翔太は、この「万引き家族」の生活を続けることに
ピリオドを打ちたかった、ということ。

 

翔太は、治(リリー・フランキー)に
なついているように見えましたが、
そうではなかったのか・・・。

 

治は、この家族の中で、
父親的な役割をしているわけですが、
求心力がいまいち弱いのです。

 

私が、
父親はどこへ消えたか 映画で語る現代心理分析

の中で、「Good Father」(良き父親)の4条件をまとめました。

 

それは、

(1)規範を示している
(2)尊敬、信頼されている
(3)「凄い」「そうなりたい」と思われている
(4)ビジョン、理念を示している

です。

 

残念ながら、治は一つも満たしていません。
翔太は、治に「万引き」は悪いことではないのか?
と、善悪についての質問を、投げかけます。

 

治は、「店に置かれている商品は誰のものでもない」
と、独自の理論で万引きを肯定しますが、
幼い翔太にも、その答えに「違和感」を持ったはずです。

 

「車上荒らし」のシーンで、もう一度翔太は、
これって悪いことではないのか?といった質問をします。

 

しかし、治は「車上荒らし」を肯定するのです。

 

治は、規範を示していない。
というか、「悪い規範」を示しているのです。

 

規範を示していない人。

 

「悪い規範」を示している人は、尊敬されないし、
そうなりたいとも思われません。

 

治と翔太は、仲良しで、一見、親子のような親しさもあります。
しかし、翔太は「お父さん」と呼ぶことを
かたくなに拒否していたように見えますし、
その理由は、治を「父」(父性的存在)として、見ていなかったから。

 

このまま治たちとの共同生活続けていくと、
「万引き」の悪の世界に自分がどっぷりと染まってしまうし、
何より妹のような存在であった「ゆり」を
「万引き」の仲間に引き入れてしまう、ということ。

 

この映画で、最後に「規範」を示し、
「善悪のけじめ」をつけたのは、翔太だったのです。

 

治は、破綻後も、
あいかわらずの、チャランポランな生活をしていました。

 

この家族がまとまっていたのは、治の「父性」の力ではなく、
樹木希林演じる初枝の「母性」の力だったのです。

 

「母性」とは、
「包み込む力」「許容する力」「抱擁する力」です。

 

だから彼女が亡くなると、この「疑似家族」は、
たちまち崩壊してしまったのです。

 

ということで、「父性」と「母性」という切り口で見ると、
より『万引き家族』の深い部分が見えてくるのではないでしょうか。

 

追伸

「父性」についての理解を深めたい方は、
樺沢が心理学について深く語っている

『父親はどこへ消えたか 映画で語る現代心理分析』(学芸みらい社)

51GLQ+mKNgL
を、お読みください。

 

「樺沢の最高傑作!」という評価をする方も多いです。