書評/映画評

素晴らしきかな、人生  〜 心を開くと、相手も心を開く

自己開示の連鎖が、大きな感動を生み出した!!

心を開くと、相手も心を開いてくれる。
相手の心を開くためには、自分の心を開かなければいけない。
 
これを、心理学では「自己開示の法則」といいます。

自分から自己開示すると、相手も自己開示してくれる
ことを「自己開示の返報性」ともいいます。

昨日見た映画、『素晴らしきかな、人生』では、
その「自己開示の法則」が、すごくうまく使われていたので、
ハッとしました。

会社創業者として大活躍していたハワード(ウィル・スミス)。

しかし、6歳の娘を亡くしたショックで心を閉ざし、
人と会えなくなり、全く仕事もできなくなります。

そんな、ハワードの前に
「死」「時間」「愛」を名乗る、三人の不思議な男女が
姿を現します・・・。

予告編を見ても、
「心の傷を負ったハワードが心を開いていく物語」と
思うのですが、それだけではありません。

予想外の展開が涙を誘います。

心の傷は癒やされるのか?
トラウマは受容できるのか?
心を閉ざした人と、どう関わるのか?
人間関係の修復は可能か?

さんな、深い心理ドラマが展開しますが、
そうした「心のドラマ」が、
予想外な展開を見せて、最後には「やらたれ!」
というラストになります。

しっかりと伏線が張られた重厚なドラマです。

『プラダを着た悪魔』のデヴィッド・フランケル監督。
流石ですね。

唯一、タイトルの『素晴らしきかな、人生』がいけません。
どうみても、「見たい!」という気が湧いてきません。

原題は、「Collateral Beauty」ですが、
これを日本語訳するのは至難の技。

というか、このタイトル自体に、重要な謎掛けがあるので、
下手に直訳してしまうと、ネタバレになるでしょう。

「COLLATERAL」は、「付帯的な」「二次的な」という意味。

「Collateral Beauty」を、直訳すると、「二次的な美しさ」。
これでは、わけがわかりません。

劇中では、「幸せのおまけ」と訳されていました。

「どんな辛いことにも、プラスの側面がありますよ」的な
ニュアンスです。

この意味合いが、単にハワードのエピソードだけではなく、
多層的に展開していくところが、
この作品の真のおもしろさになっています。

私がハッとしたシーンを一つ紹介しましょう。

意を決して、子供亡くした親たちの自助グループに
参加するハワード。

ハワードは、カウンセラーに言います。

「自分は、子供を亡くし、心に傷を負った、
それを、修復する(FIX)ために、ここに来た」、と。

勇気出して、自分の思いを言葉に出したハワードに対して、
カウンセラーは言います、

「子供が死んだのに、修復する(元に戻す)なんて無理です!」

うわーー、
ここまでストレートに言うんだ。

この言葉は、言外に、
「もう既に起こってしまったことは変えられないので、
受け入れるしかない」。

「受容」の大切さを伝えているのですか、
ハワードには、かなり厳しい一撃となったでしょう。

日本人は、心に傷を負った人に、
ここまでストレートなことを言いません。

それを言葉に出して伝えていくのは、
アメリカ流のコミュニケーション。

でも、ストレートではありながらも、
相手の気持ちを考えた、心のこもった「言葉」が
人を変えていきます。

それが、心理療法です。

非言語的コミュニケーションでつながり、
言語的コミュニケーションで関係性を深めていく。

そうした描写が丁寧に積み上げられ、
最終的に人々が癒やされていく。

ハワードと、そしてその周りの人たちも。
そして、我々観客も。

実はこの映画が、映画自体が、
よくできた「心理療法」になっているのです!!

私達、観客も癒やされるのです。

どんなに悲惨な状況の中でも
「幸せのおまけ」はありますよ、と。

それを探してみましょう、と。

私達のネガティブな認知の曇りを取り除いてくれる。
そんな効用もあります。

ウィル・スミスを筆頭に、ヘレン・ミレン、エドワード・ノートン、
ケイト・ウィンスレット、キーラ・ナイトレイと
映画3本分くらいの豪華な俳優陣。

どうしてこんなに豪華な俳優がたくさん出ているのかも、
映画を見ると「必然性」を感じます。

ということで、心理学を少し知っていると
ものすごく楽しめる映画です。

心理学を全く知らなくても、
「泣ける映画を見たい」という人にも、お勧めの一本です。

私は、3回泣きました。