映画『82年生まれ、キム・ジヨン』。
魂が揺さぶられた!
韓国で130万部突破のベストセラーの映画化。
これは、2020年の映画の中で、見逃してはいけない映画。
精神科医として、強くお勧めしたい。
なぜならば、心の病、そしてそれを乗り越えて行く、
夫婦、家族の物語だから。
出産のため会社辞めたキム・ジヨンは、
物忘れや言動がおかしくなり「産後うつ」になる。
しかし、原因は単純ではない。
男尊女卑、女性差別、女性蔑視。
会社や親族からのセクハラ発言。
結婚、出産と仕事の両立の難しさ。
育児休暇をとる夫が出世コースから外される問題。
韓国社会が抱える、男女不平等の問題が、
これでもか、これでもかと登場する。
そうした様々な問題が、1つの「縮図」のように、
キム・ジヨンに次々とふりかかる。
そして、我々日本人は、
「韓国だから」と、決して「人ごと」とは言えない。
日本においても、女性の昇進は難しいし、
育児休暇も自由にとりづらい会社もあるし、
職場のセクハラ、パワハラ発言の多さなどなど。
『82年生まれ、キム・ジヨン』というタイトル。
彼女は82年生まれだから、
物語の舞台となる就職、退職、出産、子育ては、
今から、15年くらい前の韓国を描いている。
これは、昔だから、「男尊女卑、女性差別がひどかったよね」といるのか。
それとも、15年もたっているのに、
「男尊女卑、女性差別はちっとも変わらない」ととるのか。
おそらく後者ではなかろうか。
ジヨンの苦悩は深いけれども、彼女を支える、
いや彼女とともに悩み、苦しむ夫や母の姿に心が動かされる。
これが、私が言うところの、患者に「寄り添う」ということ。
夫は、何か積極的に行動をとるタイプではない。
会社を休んで、ジヨンを精神科に連れて行くわけでもない。
しかと、無理矢理連れて行ったところで、
精神科への拒絶感を深めてしまうだけだろう。
病識が生まれる。
自分で通院の必要性を感じるまで、
「見守る」という彼の選択は、
私は精神医学的にみてとても正しい思う。
「大丈夫」という人ほど、大丈夫じゃない。
病気に対する否認など、メンタル疾患についての描写が、
リアルで深い。
そして、精神科のドクターも良いイメージで描かれている。
ようやく病院を訪れたジヨンに、精神科の女医は言う。
「病院に来るまでが一番大変。
今、病院に来たあなたは、半分治ったのも同じ」
このセリフにどっと涙が出てしまった。
私も言ってみたい。
精神医療の本質をついている。
そして、陰鬱で閉鎖的に描かれがちな精神科の病院を、
本作では実にキレイで近代的で開放的に描いている。
「精神科は受診しやすいところです」というメッセージであり、
これは極めて重要なメッセージであり、
意外と今までの映画には描かれていない。
精神科病院、精神病棟は、
閉鎖的、怖ろしい、汚い。
そういう描写が普通である。
考えてみると、「女性の子育ては大変」という、
極めて日常的なテーマが映画のメインのテーマとして
描かれたことがあっただろうか。
考えてみると、意外とないのである。
ハリウッド映画で女性の自立、
子育てしながら仕事をする映画は山ほどあるが、
「ベビーシッター」を雇えばいいわけで、
女性の自立がしやすい環境にある。
本作での、子育てしながら就職しようとするジヨンが、
「ベビーシッター」を雇おうと、ネットで募集したり、
チラシをたくさん配ったりするが、
一人も応募がない、という描写はショッキングであった。
韓国社会の闇と病み。
そして、家族の支えによる希望。
この明と暗を絶妙なバランスで描いていて、
本当はとても「暗い」内容なのに、
終わった後に実に爽やかな気持ちになれるのが、
本作の大きな魅力である。
メンタル疾患になっても、人生が終わるわけではなく、
チャンスは広がっているのだ!
と。
淡々とした展開で、感情的なクライマックスも少ないので、
エンタメばかり見ている人にはつまらないかもしれないが、
「人物描写、人間描写とはこういうものだ」とでも
いわんばかりの深い人物描写の積み上げに、思わず唸ってしまう。
今年見た映画の中で、暫定ベスト3、いや「2位」になるかも。
『82年生まれ、キム・ジヨン』 樺沢の評価は・・・★★★★ (4・7)
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