アスペルガー症候群と診断されました。
子供が、アスペルガー症候群と診断されました。
「樺チャンネル」に、よく寄せられる質問です。
よく寄せられる質問ではありますが、
それについて今まで動画で取り上げたことはありません。
その理由は、とうてい3分で語れる内容ではないから。
しかしながらこの「悩み」は、
非常に重要な問題をはらんでいますので、
一度、しっかりと記事にまとめておこうと思います。
さて、
「アスペルガー症候群と診断されました」に対する、
私の答えは簡単です。
「はい、それで?」
非常に冷たい答えですが、それが全てです。
もう少し詳しく言いますと、
「アスペルガー症候群と診断されたことが、どうかしましたか?」
ということです。
なぜならば、
アスペルガー症候群という診断自体には、
たいした意味はないからです。
アスペルガー症候群の主要な症状として、
「コミュニケーションの障害」や
「対人関係の障害」というのがあります。
ですから、
「人とコミュニケーションがとれなくて困っています」、
「人と話すことができないので、仕事に就くことができません」
といった悩みであれば、
「それはたいへんですね」ということで、
相談にのり、治療していく必要はあるでしょう。
しかし、
「アスペルガー症候群」と診断された人に、
「仕事に行っていますか?」というと、
「仕事に行けている」というし、
コミュニケーションが不得意ではあるものの、
社会生活を行えている人がほとんどです。
(「アスペルガー症候群」とは、いくつかある自閉症の一型です)
ですから、本人は
「コミュニケーションの障害」や「対人関係の障害」で
著しく苦しんだり、困っているわけではないにもかかわらず、
「アスペルガー症候群と診断された」ことが
一番の悩みということなのです。
それはちょっと、本末転倒だと思うのです。
同じような話は、別の病気でも同様です。
「うつ病と診断されました。
精神病者のレッテルをはられたようで、絶望しました」
という人がいます。
うつ病の症状には、「意欲低下」「憂鬱な気分」「身体がだるい」
「夜眠れない」「食欲が出ない」などの症状があります。
しかし、そうしたうつ病の症状は、それほど強くなくて、
その症状自体に苦しんだり、悩んだりしたいるわけではなく、
なぜか「うつ病と診断されたこと」が
一番の苦しみになっている人がいます。
まず、精神科を一度受診して、何がしかの診断が出ますし、
診断書に病名が書かれますが、
その診断名は、あくまでも「暫定診断」なので、
真に受けないでほしいのです。
精神科というのは、内科や外科と違って、
血液検査とかレントゲン検査とか、客観的な検査がないので、
患者さんの話を聞いて判断するしかありません。
初めて受診した患者さん、30分とか、60分話を聞いて
正しく診断するのは、どんな名医でも不可能です。
ですから、あくまでも「暫定診断」です。
でも、患者さんに診断名を聞かれると、
その「暫定診断」を答えることになりますが、
「現時点で最も可能性の高い診断名」と
いった程度の意味しかありません。
あと、精神科の診断というのは「状態診断」、
つまり、今の状態像に照らし合わせた診断なので、
新しい症状が現れたりすると、診断名が変わることがあります。
違う病院を受診して、違う診断が出た。
どっちが正しいんだ?
という話がよくありますが、それは実に「普通」のことです。
大学病院では、症例検討会というのをやりますが、
精神科医が20人いて、
「この患者さんの診断は何か?」と議論して、
10対10で真っ二つに意見がわかれる、
ということもよくあります。
精神科の診断は難しく、時間もかかります。
精神科の診断は、半年、1年観察して、
正しい診断がくだるものですから、
初めての診察で出てきた診断というのは、
あくまでも「暫定診断」なのです。
ですから、その診断名で一喜一憂するのは、
実にバカげているのです。
何ヶ月かしてから、最初の診断ではなかった、
ということもよくあります。
それは「誤診」とかそういうものではなく、
精神科医の診断は「暫定診断」「状態診断」をしながら、
患者とかかわりながら、患者の時系列での病態変化を観察した上で、
さらに「暫定診断」を仮説として、それに対する治療をして、
その治療効果と照らし合わせて、正しい診断ができるようになります。
「暫定診断」で、病気が治れば、
その診断は正しかった、といえるわけです。
つまり、診断が正しいかどうか、真に判定できるのは、
病気が治ったときです。
初診から半年1年たっているかもしれませんし、
3年たっているかもしれません。
だから、最初の診断、初回の診断というのは、
かなりザックリとしたものなわけで、
それを聞いて「大きく落ち込む」というのは、
意味がないのです。
さて、話はずれましたが、精神科の診断でも、
アスペルガー症候群とかADHD(注意欠陥多動性障害)などの
自閉症圏の診断名は、特に注意が必要となります。
現在、精神科の世界では、数年前からDSM−5という診断基準が
使われているわけですが、それまで使われていたDSM−4の
アスペルガー症候群やADHDの診断基準には、
かなりの問題があったからです。
DSM−4使われるようになった15年の間に
ADHDの有病率は3倍に、
自閉症(アスペルガー症候群を含む)の有病率20倍に
さらに小児双極性障害の有病率40倍に跳ね上がったのです。
『〈正常〉を救え』より引用
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今や、小学校のクラスに一人は、
ADHDや自閉症の診断を受けている子がいるのが
当たり前になっています。
精神科の一つの疾患の有病率が、
短期間で何倍にも増えるというのは、
ありえないことです。
つまり、DSM−4は、診断基準としては、少々甘いもので、
「病気ではない人」も「病気」として診断されてしまうことがある、
ということ。
今の診断基準で、
自閉症やADHDと診断されている子と同様の子供は、
私が小学生の頃、すなわち40年前にも同じ数だけいたでしょう。
ただ、「少し落ち着きのない子」とか「問題児」と
呼ばれいたかもしれませんが、そのほとんどは別に治療などしなくて、
放置されていました。
それどころか、そのほとんどは、治療などしなくても、
成長とともに学校生活、社会生活に順応できるように
なっていくのです。
それが、本当の「病気」なのでしょうか?
もう一つ、おもしろい研究があります。
DSMなどの診断基準に準拠して、
多くの人を診察する場合、
精神疾患の判断基準を生涯の間に満たす確率は、
50%を超える、そうです。
つまり、2人に1人は、死ぬまでの間に、
「うつ病」などの診断を受けてもおかしくない、
ということです。
ですから、「うつ病と診断されました」と言っても、
2人に1人は、精神科の診断を受けてもおかしくないわけで、
精神科の診断を受けたからといって、
特に珍しい話でもなく、実にありふれた話なのです。
いちいち落ち込むようなものではないのです。
精神科の診断基準というのは、
そのくらい「広い」ということで、
強引に当てはめると、誰にでも当てはまるのです(笑)。
精神科の診断基準に当てはまったから、
「治療が必要」ということにはならないのです。
診断基準というのは、一つの目安、基準値であって、
それは、かなり広めにとるようにできているのです。
数年前にアスペルガー症候群がマスコミなどで取り上げられた時、
「アスペルガー症候群かもしれないので診察してください」
という人がたくさん来ました。
しかし、私が診察した人は、
全員、アスペルガー症候群ではありませんでした。
というか、これだけアスペルガー症候群が言われていますが、
私は本物のアスペルガー症候群を見たことがありません。
自称アスペルガー症候群やアスペルガー症候群「的」な人は
山ほどいるのです。
しかし、判断基準が甘いといわれるDSM−4を使っても、
それを厳密に適応すれば、「確実にアスペルガー症候群だ!」
という人は、そう多くはいないのです。
今やネットで調べれば、
精神科の診断基準は一瞬で調べることができますが、
それを読む場合は、注意してほしいと思います。
精神疾患の診断基準のほとんどに、一番最後の方に、
「これらの症状のために著しい苦痛または社会的、職業的、
または他の重要な領域における機能障害を引き起こしている。」
といった一節が、付記されています。
これを読まない人がほとんどです。
これは、精神疾患の定義でもあるのです。
精神科の病気と診断するためには、
「社会的、職業的な機能障害」または「著しい苦痛」の
どちらかが必要なのです。
「社会的、職業的な機能障害」というのは、
学校や会社に行けない、ということです。
「著しい苦痛」とは、その症状のために、深く思い悩み、
毎日そのことばかり考えたり、死んでしまいたいと
追い詰められたりする状況のことです。
つまり、同じ会社に何年間も勤めていて、
友達と飲み会に行けているような人は、
精神疾患には当てはまらないのです。
精神医学の世界に「診断のバブル」ということがあって、
狭義の病気と言えない人たちが
「病気」と診断されることが起きています。
精神科医として、正しく診断をするということは、
とても重要なことでありますが、
実際のところ、精神科の薬の90%は精神科以外の
プライマリケア医、つまりかかりつけ医。
内科医や小児科医などによって診断、処方されているのが現実です。
精神疾患の診断名をつけられる場合、
その90%以上は精神科医によってつけられたものではない、
ということです。
つまり、「精神疾患の診断名」といっても、
誰が診断したかもかなり重要で、
精神科医以外の医者が診断した「精神疾患の診断名」は、
あくまでも暫定の「暫定診断」的な意味合いしかありません。
人と相容れないコミュニケーション能力の低い
アスペルガー「的」な子供を、
「アスペルガー症候群」と診断する小児科医もいるでしょう。
そうした、様々な要素を考えると、
一回受診でつけられた診断名にこだわり、
あるいは精神科の専門医でないドクターにつけられた診断名で
落ち込んだり、一喜一憂するのは、実にバカらしい話なのです。
普通に仕事ができて、友達なんかもいる人は、
まず自閉症ではないので、心配いりません。
本当の重度のアスペルガー症候群の人は、
コミュニケーションの障害がひどくて、
サラリーマンとして会社に勤めるのは、ほぼ無理なのです。
では、重度のアスペルガー症候群、重度の自閉症って、
どんな状態なの? ということを理解する上で、
参考になるのが、『ザ・コンサルタント』という映画です。
『ザ・コンサルタント』の主人公、
表向き田舎町のさえない会計士であるクリスチャン・ウルフは、
裏社会のマネーロンダリングに関わる凄腕会計士で、
更に「殺し屋」という顔をもっています。
この奇抜な男が、実は「重度の自閉症」を患っていた、
という話です。
いきなり、冒頭のシーンは、ウルフが精神科の病院(施設)に
連れて行かれるシーンからはじまりますが、
人と全くコミュニケーションがとれない。
音に過敏に反応して絶叫して暴れだす。
かなり重度の自閉症として登場しています。
『ザ・コンサルタント』は、
「自閉症」をいかに乗り越えるのか、というテーマを持っています。
「自閉症」は、数字に対する記憶が脅威的に高いとか、
ある分野に関して超人的な集中力を発揮できるとか、
「天才的」な側面を持っているのです。
この映画の中でも、数学者のガウスや『不思議の国のアリス』の作者、
ルイス・キャロルが、自閉症の天才として登場しています。
主人公ウルフの、数字に対する天才的な能力は、
自閉症だからできることなのです。
「自閉症」というのは、「病気」としてほとんどの人は見るでしょうが、
「才能」「能力」という見方もできるのです。
自閉症と診断され、絶望されてあきらめるのか。
自閉症を克服し、類いまれな天才的な能力を活用するのか。
人生は、大きく分かれます。
病気というのは、「極端な特性」ということ。
それは、「短所」にもなり、「長所」にもなる。
実際、歴史上の人物、天才と呼ばれる人物、突出した芸術家の多くは、
精神疾患を持っている場合が多いことが、それを証明しているでしょう。
『ザ・コンサルタント』は、
「別に自閉症でも、その能力を上手に活かせば、すごく活躍できるよ」
というポジティブなテーマを持った映画です。
ということで、精神疾患を診断されたとしても、
ガッカリする必要も、落ち込む必要もないと思います。
【参考文献】
『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』
(アレン・フランセス著、講談社)
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精神科の「診断のバブル」の現状を、
膨大な資料をもとに、精緻に描き出した力作。
専門家向きではありますが、「診断のバブル」に興味のある人は、
これ以上の本はありません。