映画『ディスクロージャー・デイ』。
賛否両論、真っ二つに分かれています。
スピルバーグはオワコン。
エンタメとしてよくできているが、内容が薄い。
意外性のない、ありきたりのラスト。
といった批判もありますが、私は「内容が薄い」という批判には納得できませ
ん。
本作は、数多くの聖書的モチーフやキリスト教的演出が物語を象徴的に彩って
います。日本人には、少々、わかりづらい部分があるでしょう。
私の拙劣な聖書知識で恐縮ですが、精神科医、樺沢紫苑が見た『ディスクロー
ジャー・デイ』を解説します。
●登場人物の名前について
まず、主人公ダニエル・ケナー(ジョシュ・オコナー)。超人的な数学能力を
持つ異能的天才。その名は旧約聖書の預言者ダニエルに由来し、宇宙人からの
メッセージを読み解き、人々に啓示を伝える役割を担っています。
これに対し、彼らを追う敵対組織「ワーデックス」の追跡者ノア・スキャンロ
ン(コリン・ファース)は、言うまでもなく「ノアの箱舟」のノアになぞらえ
られています。
大洪水から人々と動物を救ったノア箱船。ノアは世界の救済者であり、人類の
祖先とされます。大洪水は、堕落した人間を浄化する神のリセット計画と考え
られますから、現在の紛争、戦争だらけの世界をリセットするイメージなので
しょうか。
ちなみに、『E.T.』の主人公エリオット少年。エリオットは、「我が神は主
(ヤハウェ)である」という意味を持ちます。『E.T.』は、E.T.を故郷に帰す
話ですが、モーゼが故郷イスラエルに帰る『十戒』(出エジプト記)になぞら
えたストーリーになっています。
●カーディナル(コウカンチョウ)の意味
天気予報士のマーガレットが、朝の出勤前に、部屋で赤い小鳥(コウカンチョ
ウ/紅冠鳥/Cardinal)と接触します。それがきっかけで、外国語を理解でき
たり、話せたり、異星人の言葉を喋ったり、相手の感情や記憶を理解したりと、
異能が目覚めます。
このカーディナルの意味は何でしょう?
カトリック教会における教皇に次ぐ最高幹部「枢機卿」を英語で「Cardinal
(カーディナル)」と言います。本作では、「聖霊の降臨」を暗示する象徴と
して機能しているでしょう。
北米に渡ったヨーロッパからの入植者たちが、鮮やかな赤色の鳥を見て、枢機
卿が身に付ける赤衣を連想させるため、カーディナルと名付けたそうです。
アメリカでは、NFLの「アリゾナ・カーディナルス」など、スポーツチームの
名前にもつけられますので、非常にポピュラーな鳥と考えられます。
また、占星術では「活動宮」を「カーディナル」と言います。季節の始まりを
告げ、物事を新しく始動させるエネルギーを象徴しています。
カーディナルと接触して、彼女の異能のエネルギーが活動をはじめた、という
わけです。
●異言
マーガレットがカーディナルと接触した後、習ったこともない外国語(ロシア
語や韓国語など)を突如話し始める。そして、生放送の最中に異星人の言葉を
話しはじめるシーンは衝撃的です。
これは、キリスト教における「異言(いげん)」を意識した描写です。異言と
は、キリスト教などで聖霊を受けた人が、自分が学んだことのない外国語や、
理性では理解できない言葉を話す宗教的現象。
新約聖書『使徒言行録』第2章において、聖霊降臨(ペンテコステ)の際に使
徒たちが一斉に未知の言語(異言)を話し出したエピソードに由来します。
マーガレットに聖霊が降臨した。聖霊とともに、「異能」を身に付けたことを
示すでしょう。
「異星人の言葉をしゃべる」ことを、キリスト教の異言になぞらえて描写して
いる。つまり、異星人の力、神の力をオーバーラップして描いています。
●雹がふる
天気予報士のマーガレットは、「雹」の予報を出しますが外れます。しかしそ
の後、本当に「雹」がふってくるシーンがあります。
聖書において「雹」は何度か出て来ますが、旧約聖書『出エジプト記』第9章
における「エジプトの十の災い」の「第7の災い」。その意味は「神の直接的
な審判」です。
新約聖書の『ヨハネの黙示録』では、第七のラッパ。神の怒りが成就する最終
段階に、巨大な雹が降ってきます。
テレビでは、第三次世界大戦勃発直前のニュースが流れ、「世界の終末」が暗
示されます。「世界の終末」「最後の審判」が目前に迫っているときに、雹が降
るのです。
● 創世記の教義との葛藤
主人公のパートナーであるジェーンは、修道女(修道生)という過去を持ちま
す。組織に追われる二人は、昔いた修道院に身を寄せます。
ジェーンは、「神が人間を作り、地と海と空のすべてを治めさせた」(『創世
記』)というキリスト教の教理と、地球外生命体の存在との矛盾に葛藤します。
それに対して、修道院長が「それは地球だけの話よ」と言います。その後、こ
れほど広い宇宙を造った神が、それを人間だけのためだけにするでしょうか、
といったことを言います。
映画を一度しか見ていませんので、正しい原文がわからないので、ここからは、
私の個人的な解釈となりますが、私のヒアリングからは、”神が作ったのは人
間だけではない”という意味に聞こえました(間違っていたらごめんなさい)。
神とは造物主(世界、人間を創造した存在)です。神が造ったのは人間だけで
はない、宇宙人も造ったとするならば、かなりせめた設定と言えるでしょう。
映画やSFの世界では、「宇宙人=神」説というのがあります。遺伝子操作か
何かで、地球に人類を誕生させたのが宇宙人である。としたならば、宇宙人=
人類の造物主=神、となります。
例えば、リドリー・スコット監督の映画『プロメテウス』では、「エンジニ
ア」と呼ばれる謎の異星人が自らのDNAを地球に撒くことで、人類の生命を創
造したと描かれます。そうすると、宇宙人を神として描いているのも同じ、と
いうことになります。
本作では、人間を造ったのは宇宙人ではなく、間違いなく「神」であることが、
修道院長の言葉で明確に示されます。そこが重要なのです。
『未知との遭遇』では、UFOに遭遇したロイが、ある意味「啓示」を受け、神
がかった状態となり、デビルズタワーへと向かいます。そこには、同じく啓示
を受けた人たち(使徒?)が集まっていました。
明らかに、宇宙人に神のイメージが重ねて描かれていました。そういう意味で、
『未知との遭遇』で提示された「宇宙と神の関係」という難問について、本作が
49年ぶりに「アンサー」を提示したことになります。
●ゲッセマネの祈りと聖痕
敵対者ノアが、遠隔でジェーンの精神を支配、説得しようとするシーン。ノア
の精神支配が優勢となり、ジェーンの精神を乗っ取ろうとします。
そこで、ノアは新約聖書の「マタイによる福音書」にあるイエス・キリストの
言葉「父よ、願わくばこの杯をわたしから過ぎ去らせてください(ゲツセマネ
の祈り)」を引用します。
イエスが十字架刑にかかる前夜、死の恐怖と苦悩にもだえつつも、神の意志
(御心)に従うことを決意して捧げた祈りの言葉です。
自らの使命を受け入れたという表明でしょう。ノアは、「開示を阻止する」と
いう使命のために、手段を選ばない状態になっています。
そこで、ノアのマインドコントロールに抗うため、ジェーンは自らの手のひら
の真ん中を、十字架のペンダントで傷つけます。その傷の位置から「聖痕」を
イメージさせます。
「聖痕(スティグマータ)」とは、十字架にかけられたイエスの傷に対応する
傷が、信者の手足や脇腹などに現れるとされる現象です。カトリックの伝統で
は、キリストの受難を身をもって共有する「しるし」として理解されます。
神への服従を説く言葉が、人間を支配するために悪用されるという構図。一方
で、ジェーンの手のひらには「聖痕」が。どちらに正当性(聖性)があるの
か? 考えればわかりますね。
●全知全能
全知全能の神と言う言葉があります。
本作では「全知」と「全能」の二つの能力を、二人の人間に分割して付与され
ているのが興味深いです。
全知〜世の中のすべてのことを知っていること(不知がない)。
全能〜不可能なことがなく、何でも実行できること(不能がない)。
全知の能力は、ダニエル。
全能の能力は、マーガレットが持っていた。
これが一人の人間が兼ね備えてしまうと、その人は「神」になってしまうので、
都合が悪いのです。
相手の過去の記憶と感情を一瞬で読み取り、圧倒的に共感するマーガレット。
人々は、彼女を救世主と出会ったかのように、心を奪われます。
「共感」の重要性。
紛争と戦争だらけの世界に、「共感」の重要性が高らかに描かれる! スピル
バーグの過去の作品にも通じる重要なテーマです。
ダニエルとマーガレット、二人の力を合わせて、危機を乗り越えて、テレビ局
になだれ込みます。
本番直前のマーガレットは、赤いワンピースに着替えます。そう、カーディナ
ルと同じ色、鮮烈な赤のワンピースです。枢機卿が着る神聖な赤い聖衣、のイ
メージです。
そして、いよいよ異星人の情報が開示されます。
SNSを使って一瞬にして情報は世界中に拡散しました。
そして、最後に真打ち登場。本物の宇宙人が現れ、二人が宇宙人との意思疎通
をはかります。
スピルバーグ作品における伝統的なエイリアン像を継承しつつ、本作の宇宙人
は破壊者ではなく、「神」そのものでもない。平和と協調のメッセージを人類
に伝える、「神の代理人」あるいは「使者」のイメージでしょうか。
最後に、マーガレットが発した「Listen!」(聞け!)
で映画は終わります。
「Listen!」の後に、何が続くのか・・・。
人類の行動は変えられたのか?
第三次大戦は食い止められたの?
映画の空白を自分で埋めることで、本作は完成します。観客の的によって、最
後のピースをはめて、本作は真に奥深い作品として完成するのです。
「Listen!」の意味。
私は、「お互いの言葉に耳を傾けなさい!」
つまり、「人類よ、互いにもっと理解し合い、共感せよ!」というメッセージ
が、「Listen!」の一言に込められている、と感じました。
私たちは、宇宙人とも共感し、理解し合える。
人間同士が、理解し合えないはずがない。
というスピルバーグのポジティブなメッセージが、
最後の一言に込められていた。
と私は思います。
『ディスクロージャー・デイ』は、
あり得ないほどの情報量を盛り込みながらも、
テンポよく、エンタメ作品としてまとめた傑作です。
以上、精神科医、樺沢紫苑の
たった一回見て感じた感想&解説でした。
(一回しか見ていないので、細かいところ、
セリフの引用などが間違っていたらごめんなさい。)
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